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2009年6月23日 17:22
今回の、講演は、
昭和運送株式会社の高田一夫社長の
「社員の満足、顧客の不満足!ーお客様の真実の声が聞きたいー」
というテーマのお話でした。
元々、貨物運輸のお仕事をされてきた社長は、物流の減少に対応するために
引っ越しの運輸業に参入されましたが、その営業のために不動産業の隙間を埋めるような
情報仲介を手掛け、引越しの扱い高を順調に伸ばされてきました。
その他に、電気機材の設置などの広いお仕事も成功裏に延ばされてきております。
その経営のミソは、
●お客様の声(ニーズ)を如何にうまく聞き出せるか、を「クレーム」の声に見出し、
「お客様のお叱りのハガキ」よる情報収集に活路を開きました。
●お客様の声を、従業員教育に活かし、質の高いサービスの提供に成功されております。
趣味の「自動車」を活かし、カー・レースに参戦され、従業員の採用をされたユニークな経験もありました。
現在は、「地元密着型」の経営を展開して、地域では必要不可欠な企業として頑張っておられます。
2009年6月18日 17:42
今回は、ケンブリッジでの「家探し」についての思い出話しです。
4月からケンブリッジ大学に行く前に、家を探しに1週間ケンブリッジに滞在しました。
その1週間は、4月から所属する "Wolfson Collge" の施設に滞在させてもらいました。
滞在した施設
ケンブリッジ大学には、" Accommodation Service "という住宅を紹介してくれる部署があるのですが、
世界中から、学生や研究者が集まってくる大学なので、なかなか情報がとれないし、
というよりは、その時点では、私はまだケンブリッジ大学に所属していませんでした。
そこで、仕方なく町中にある不動産屋さん(Estate Agencyと言います)を訪ねることになりました。
ケンブリッジの不動産屋さんは、リージェント・ストリートという通りにに集中して営業をしているので、
不動産屋さんめぐりは、距離的には楽でした。
でも、しかし、英語が流暢ではないことと、イギリスの不動産システムに詳しくなかったので、
なかなか、私の意図する物件が探すことができませんでした。
(仕事のせいなのかもしれませんが、不動産屋さんの話すスピードは早口言葉のようでした)
アメリカ英語では、貸家は
"For Rent"
と表示されますが、
上の写真にある不動産屋街で、看板の一番上に表示されているように、
"To Let"
という言葉になります。
なんとか交渉して、何軒かの家を見せてもらうこと(viewingと言います)になったのでしたが、
時間と住所のみを教えてもらい、そこに行くと紹介専門の人がいて、中を案内してもらえました。
でも、あまり気に入った物件ではなく、結局、1週間(実質4日間)では、家が見つからなかったのでした。
日本に帰国してから、イギリスの不動産屋さんのホームページを隈なく検索し、
良さそうな何軒かの物件を現地の知人に連絡して、viewingしてもらって
やっと、家が決まりました。
実際に家を見るまでは不安な日々を過ごしたことを覚えています。
2009年6月17日 19:35
前回お話ししたウェールズに行く途中に、「産業革命発祥の地」として知られている、
アイアン・ブリッジ(世界で最初の鉄製の橋)を訪れました。
この橋は、石炭の採掘が盛んだったセバーン川にかけられ、1781年に橋は開通しました。
アイアン・ブリッジは世界で最初の鉄製の橋ということで、1986年に世界遺産登録に登録されました。
渓谷にかけられた橋なので、橋のたもとの街は山間にあるので、どこかヨーロッパ大陸の風情が感じられます。![]()
イギリスと言えば、「産業革命発祥の地」と思い浮かべるかもしれません。
「産業革命」とは、簡単に言えば、「作るものと」、「物の作り方」が飛躍的に変化したことでした。
それまでは、「家の中」で「手」を使った作り方をしていたのが、
「工場」で「手」を使った作り方になり、(これをマニュファクチャリング:manufacturingと呼びます)
生産量が大幅に向上しました。
その後、約100年かけて機械技術が発展し、「工場」で「機械」を使った
「工場制機械工業」が一般的になり、現代の物の作り方になったのです。
特に、「動力源」が、手や風、動物などの「自然的」なものから、
蒸気や電気などの「人工的」なものになったのは、一つの「革命」だったのではないでしょうか。
ちなみに、産業革命のきっかけと言われるのが、
「ニューコメン」の蒸気機関の発明(1712年)や
「ジョン・ケイ」の飛び杼(shuttle)の発明です。(1733年)
その他に、「ジェームス・ワット」の蒸気機関(1769年)や
「スティーブンソン」の蒸気機関車(1814年)は教科書でもおなじみですね。
もちろん訳があります。
ここでは、経営学的に産業革命を推し進めた企業を念頭に考えてみましょう。
企業・会社は、「ヒト」・「モノ」・「カネ」・「技術」という経営資源を活用して利益を上げようとしています。
イギリスでは、
●「ヒト」、すなわち労働者は、この当時の農業施策(囲い込み運動)によって、
大量の農民が工業労働者を形成することになりました。
●「モノ」は、産業革命を推し進めた蒸気機関に必要な石炭が大量に採掘されました。
●「カネ」は、重商主義(貿易)で工業発展に必要な資金が用意されていいました。
●「技術」は、上に挙げたようなさまざまな発明がされました。
の4つの条件がそろっていたので、産業革命が起こったと考えられます。
このような産業革命のシンボルと言えるのが、アイアイン・ブリッジでしょう。
2009年6月10日 12:28
ウェールズには、前回お話しした、"カーナフォン城"から、車で2時間ぐらいにところにある
アングルジー島の入口に、「世界で一番長い名前の駅」があります。![]()
上の茶色の看板が駅名
"Llanfairpwllgwyngyllgogerychwyrndrobwllllantysiliogogogoch"
と書いてあります。
この駅名は、英語でなく、ウェールズの元々の言葉である「ウェールズ語」で表記されているので、
読み方、発音の仕方、意味も全く分かりません。
後で調べてみると意味は、
「赤い洞窟の聖ティシリオ教会のそばの激しい渦巻きの近くの白いハシバミの森の泉のほとりにある聖マリア教会駅」
だそうで、
「ランヴァイル・プルグウィンギル・ゴゲリフウィルンドロブル・ランティシリオゴゴゴホ」と読むらしいです。
ブリテン島の西の端に近いところにあるのにかかわらず、
大型バスが何台も駐車できるスペースが用意されているぐらいの観光地になっています。
さらに、駅よりも大きなお土産物屋さんもあります。
ここから、2,3時間行ったところに、ウェールズ最西端のホーリーヘッド岬があり、
ウェールズで一番美しい灯台だというので訪れてみました。
ホーリーヘッド灯台
でも、灯台はどこでも同じという感想でした。
ところで、ウェールズでは、元々「ウエールズ語」が使われていましたが、
イングランドに併合されてから英語が使用されていました。
しかし、最近ではゲール語の復活運動が盛んで、学校でも教えられるようになってきたようです。
イングランからウェールズに入ると途端に、道路標識が「英語」と「ウェールズ語」の二重表記になります。
ゲール語だけの道路標識もあり、まったくわけも分からず、道に迷ったことも何回か!
二重表記の道路標識


