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2009年7月19日 15:26
♪月が出た出た.月が出た.三池炭鉱の---♪で知られる三池炭鉱は,戦前の囚人・捕虜強制労働,戦後の労働争議,炭鉱事故など数々の重く暗い歴史とともに,近代日本,戦後の日本発展の原動力となってきました.三池炭鉱自体は20世紀末に閉山しましたが,数々の産業遺産が保存されています.
そのなかで,明治期の建造物がそのまま保存されている宮原坑が今年から月一度,第三土曜日に限りに公開されました.貴重な機会だと思い,7月18日博多からレンタカーを借りて大牟田を訪れました.
写真の大牟田市教育委員会の方より説明していただきました.写真のバックに写っているやぐらは炭鉱に入るエレベータを上げ下げするために建てられています.
そして,私が乗っているエレベータに石炭と人が乗って地下180mの炭鉱に入っていました.
そのエレベータのワイヤーの巻揚げは隣接するレンガ建ての小屋のモーターで行っていました.中に入ってみると,工具,部品,電話器,灰皿の煙草の吸殻までもが,そのままの状態で保存されており,さながらタイムスリップしたようです.
写真は,「巻揚機運転手心得」が書かれており,昭和45年6月6日と読めます.
宮原坑は,戦前過酷な労働で知られシラ(修羅)坑と言われ,おそらく数え切れないほどの犠牲者がここのエレベータを通して運び出されたと思います.そう思うと,怖くなり悲惨な思いに駆られますが,反面日本の発展を支えてきた産業遺産のことをより深く知ることも大切です.産業遺産を教訓にして,将来に向かって,産業発展の意味付けを求めなければならないという感を新たにしました
炎天下の中,案内していただきました教育委員会の方に感謝いたします
2009年7月14日 16:24
7月14日の「銀行実務」最後の講義も,りそな銀行さんにゲストスピーカーをお願いし,「コンサルティング営業と相続ビジネス」というテーマで話していただきました.
さすがは,現役のプライベートバンカーです.相続の事例一つ一つが具体的で分かりやすく,ためになります.学生諸君も熱心に耳を傾け,「お客様のために働くこととはこういうことなんだ」と感じていたように伺えました
りそな銀行さん,忙しい仕事の中の講義をありがとうございました.
2009年7月 3日 08:59
7月1日新日鉄八幡製鐵所を訪問しました.去年から鉄鋼業に興味をもち,岩手県釜石の鉄の歴史館と新日鉄釜石製鐵所,千葉県新日鉄君津製鐵所を訪問してきました.が,今般,20世紀に入った1901年,日本で始めて創立された銑鋼一貫製鉄所を訪れることができ,わくわくします.想い馳せれば,創業時にドイツ人技師とコミュニケーションを重ね,高炉の測定・制御技術を生み出した,高炉の神様田中熊吉が活躍していた場所です.
最近の新日鉄の話題では,アルセロール・ミッタル社からの被買収リスクが,ことさら取り上げられますが,100年を超える年月の技術の蓄積は,たとえば,鉄道レール,自動車用タンク薄板では,世界の追随を許さない技術水準を誇っていると説明をいただきました
さて,見学に移ります.高炉の底の部分からおよそ30mの地点でまじかに見ました.轟音とともに2200℃で燃える炎は真っ赤に輝いていますが,意外に暑くない.でもこんな巨大な装置をよく作ったものだと関心しました.テレビモニターから,トーピットカーに銑鉄が注入されるのも感動的です
写真は,スペースワールドという遊園地の隣にある昔の東田第一高炉の展示物ですが,高炉の底の部分はこのような形状で,多くの吹き込み口がついています.でも,現在では自動化してあり,写真のように人が銑鉄を掻き分ける作業は行っていません.
このあと,熱間圧延工場も見せてもらいました.こちらも,工場規模,轟音,熱にただただ圧倒されました.
もう一度,高炉展示物の写真を掲げます.高炉上部には,八幡製鐵所創業の年「1901」の数字だけの表札が誇り高く掲げられています.トーピートカーとは,ご覧のような魚雷に似た形状のタンク貨車で,高炉から出た1200℃の銑鉄を,製鉄所敷地内の専用線で転炉まで運び,その後,熱間圧延,冷間圧延工程へと流れます.
お世話になりました新日鉄八幡製鐵所のみなさまに御礼申し上げます


