♪月が出た出た.月が出た.三池炭鉱の---♪で知られる三池炭鉱は,戦前の囚人・捕虜強制労働,戦後の労働争議,炭鉱事故など数々の重く暗い歴史とともに,近代日本,戦後の日本発展の原動力となってきました.三池炭鉱自体は20世紀末に閉山しましたが,数々の産業遺産が保存されています.
そのなかで,明治期の建造物がそのまま保存されている宮原坑が今年から月一度,第三土曜日に限りに公開されました.貴重な機会だと思い,7月18日博多からレンタカーを借りて大牟田を訪れました.
写真の大牟田市教育委員会の方より説明していただきました.写真のバックに写っているやぐらは炭鉱に入るエレベータを上げ下げするために建てられています.
そして,私が乗っているエレベータに石炭と人が乗って地下180mの炭鉱に入っていました.
そのエレベータのワイヤーの巻揚げは隣接するレンガ建ての小屋のモーターで行っていました.中に入ってみると,工具,部品,電話器,灰皿の煙草の吸殻までもが,そのままの状態で保存されており,さながらタイムスリップしたようです.
写真は,「巻揚機運転手心得」が書かれており,昭和45年6月6日と読めます.
宮原坑は,戦前過酷な労働で知られシラ(修羅)坑と言われ,おそらく数え切れないほどの犠牲者がここのエレベータを通して運び出されたと思います.そう思うと,怖くなり悲惨な思いに駆られますが,反面日本の発展を支えてきた産業遺産のことをより深く知ることも大切です.産業遺産を教訓にして,将来に向かって,産業発展の意味付けを求めなければならないという感を新たにしました
炎天下の中,案内していただきました教育委員会の方に感謝いたします


